現在の相撲部設立以前(1991~3年)の記述については現在わかっている範囲のもの。
1991年
1992年
- 5月。武藤氏、国公立戦に初参加。新人の部優勝。
- 6月。武藤氏、国体福岡県予選成年Bに出場し、準優勝。
※成年Bには、本来は大学生は参加できないとの事
1993年
- 5月。武藤氏、国公立戦個人戦3位。
- 5月。武藤氏、全国社会人学生対抗九州大会(ハウステンボス)の個人戦に出場。
※これは、当時九州相撲連盟会長、吉田清治氏(当時九州電力常務、後、日本相撲連盟会長、九電副社長、九大経卒)の推薦によるもの
1994年
- 4月。立川喜章、桜木淳、松崎著敏3氏、田島寮入寮。立川氏、相撲部樹立を宣言。
※現在の九大相撲部は、これをもって設立されたという事が通例となっている。
- 5月。立川、桜木両氏、相撲部樹立へ向け、福岡市内の土俵を探す。武藤氏より九州相撲クラブを紹介される。立川、松崎両氏九州相撲クラブに入門。
1995年
- ?月。九州大学体育総部に加盟、大学公認団体となる。ただし「愛好会」という、部費等の支給されない名前だけの公認。
- 9月。学連主催の大会(西日本体重別)に初参加。75キロ未満級で松崎氏が3位入賞。
1996年
- 5月。国公立戦に出場。新人の部で木村洋之氏3位入賞。
- 6月。西日本選手権に初出場。2部で4位に食い込む。
2000年
- 5月。第18回国公立大学対抗相撲大会を主管、於福岡武道館。
- 9月。浅山佑治が西日本体重別60キロ未満級で準優勝。
- 10月。木村一美が体育総務委員長に就任。
- 11月。全日本選手権で、創部以来初めてBクラス校に選出される。
※6月の西日本選手権で、助っ人のがんばりで2部4位になったため。ただし、当時の正規の部員数は、団体戦を組むために最低限必要な3人に満たない2人。インカレの時には助っ人を集められず。結果、団体戦は棄権。Bクラス校の団体戦棄権は、かなり珍しいと思われる。史上初かもしれん。
2001年
- 9月。浅山佑治が西日本体重別65キロ未満級で3位入賞。
- 11月。全日本選手権で、遅刻等により失格。学連主催試合の6ヶ月間の出場停止処分を受ける。
2005年
- 8月。第5回七大戦相撲競技を、福岡武道館にて開催。
※ただし、主管は名古屋大学で、九大は不参加。OBがちょこっとお手伝いをしたのみ。
2007年
- 4月。同好会への昇格が認められる。
- 8月。第7回七大戦相撲競技にて、団体準優勝。山口貴大が、個人体重別75キロ未満級にて優勝。
※団体入賞、個人優勝とも、相撲部設立以来初。
2008年
- 8月。第8回七大戦相撲競技にて、山口貴大が個人体重別75キロ未満級にて優勝(2連覇)。
- 11月。第86回全国学生相撲選手権にて、団体Dクラス3位。
※相撲部設立以来初めて、学連主催大会で入賞。